国宝 仁科神明宮
県下5ヶ所の国宝建造物のうちの一つに指定されています。
国宝の本殿・中門・釣屋は、わが国最古の神明造りでもあります。このほかにも重要文化財の木造棟札などが残されています。ここでは往古からの伝統行事のうち、古式作始めの神事や秋の大祭時の神楽が今もとり行われています。
県下5ヶ所の国宝建造物のうちの一つに指定されています。
国宝の本殿・中門・釣屋は、わが国最古の神明造りでもあります。このほかにも重要文化財の木造棟札などが残されています。ここでは往古からの伝統行事のうち、古式作始めの神事や秋の大祭時の神楽が今もとり行われています。
仁科神明宮にある20年に一度の式年遷宮の際の棟札。
造営者は仁科氏の代々の領主、仁科氏滅亡後はその時の松本藩主。
奉公人は仁科氏はじめ各氏の家臣。工人には金原氏の系統その他が記されています。この記載から仁科氏の系統、その家臣、工人の系統などを読みとることができます。
重要文化財で室町時代の特徴を持つ、松本平最古の寺院建築となっています。
また、本尊の如意輪観音像(市指定文化財)は鎌倉時代のもので、他に鎌倉時代の不動明王や室町時代の薬師如来像(市指定文化財)など貴重な文化遺産を所蔵しています。
伊勢神宮の裏宮とされてきた熊野神社から勧請され、仁科氏の鎮守とされてきました。 本殿は、地方色豊かな安土桃山時代の様式をよく留めており、国の重要文化財に指定されています。 また、神社でありながら境内には三重塔(長野県宝)や観音堂(大町市指定文化財)が残るなど、神と仏を一体とする「神仏習合」の影響を色濃く残しています。 ここでは7月の例祭に10騎の少年射隊が各所に設けられた的を射ながら市内を進行する、全国的にもめずらしい流鏑馬(やぶさめ)の行事が行われます。
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元禄11年(1698)に近在の大工の手で建築された民家で、建立年代が明らかなものとしては、県内で最古とされており、東日本でも最も古い民家の一つです。
江戸時代前期としては、規模も大きく、古い様式を残していることから安永9年(1780)建築の土蔵と共に、国の重要文化財に指定されています。
覚音寺はかつて坊を12ヶ所持つ大寺で、その創建は平安時代初期にまでさかのぼると推定されています。
木造千手観音立像・木造持国天像・木造多聞天像は国の重要文化財に指定されています。
鰐口とは寺の入口にかけて布ひもで鳴らす仏具です。安貞2年(1228)の銘があり、仁科氏の祈願寺であった常福寺跡から出土したものと伝えられています。 鉄製としてはわが国最古で国の重要文化財に指定されており、現在は山岳博物館に保管されています。