【終了】県指定「上原(わっぱら)遺跡」

  • 投稿日:

大町温泉郷の南南東約600mほどの平地区上原(わっぱら)に、縄文時代前期中葉(約5000年前)の集落の

跡があります。

ここは見晴らしの良い台地で、附近の森からは食料となるドングリやシカ、イノシシがとれ、また近くの川には

サケ、マスがたくさんおり、原始的な畑を作るのにも適地でした。





これは昭和27年に発見された

「配石跡(はいせきあと)」。

ここに住んだ人たちの信仰的な遺構と

考えられています。

ここでは石鏃(やじり)なども出土しました。

「配石跡」はまるでイギリスのストーン・サークル

と同じです。

もちろん日本にもここだけではなく各地で

発見されていますが、洋の東西を問わず、

人の考えることは同じなんですね。



そして「配石跡」の南方約100mに「小竪穴(しょうたてあな)」があります。






「小竪穴(しょうたてあな)」

縄文人は冬の厳しい寒さを防ぐため深い穴を掘って、

その中に入ることを思いついたようです。

直径1.2mほどで、人の背丈ほどまで掘り下げた

「小竪穴」です。

この穴には出入りに便利なように南側に二段の階段が

つけてあり、中で火を焚いた跡も確認されました。
 

(以上は、主に長野県及び大町市の教育委員会の案内板の説明による。)





尚、竪穴は冬期の凍土による崩壊、大雨による水の流入で甚だしく原状をそこなうため、竪穴内に河原砂を

充填し上に芝を植えて永年の保存を計っているので、現在は表面からは見ることが出来ません。



遺跡の範囲は東西約300m、南北約500mにわたります。

当地は標高820mで冬期はマイナス20度近くに下がる寒冷地ですが、縄文時代前期は現在よりも若干

温暖であったようです。(以上は「大町市史」第二巻による。)

また、縄文時代前期の成人男子で身長は155cm、平均寿命は30歳に満たなかったそうです。

(「北安曇誌」第二巻による。)

この遺跡に佇んで周りの山々を見ると、それは5000年前の縄文人たちも見ていた同じ山々で、

それを思うと悠久のロマンを感じます。


                                                                            
(観光リポーター:八角 宣一 )
 

最近の記事

カテゴリ

月別アーカイブ