大町だより

仁科神明宮

地元の達人「治さん」からの情報です。

大町市は、豪族仁科氏が平安時代から戦国時代にかけて約500年治めた所であり、国宝・仁科神明宮を

はじめ多くの文化財が残された地域である。



伊勢神宮の御厨であったこの地に、天照大神を勧請して仁科神明宮が創建された。

創建された時期は明確でないが、永承3年(1048年)の記録に信濃に御厨が建立されたとの記事があり、

そのときではないかといわれている。

祭神は天照大神で、祭神を祭る社殿は伊勢神宮内宮と同じ神明造りである。



創建以来20年ごとに式年遷宮を行ってきたが、寛永3年(1636年)

松本藩主・松平直政の式年選宮を最後として、その後は部分修理

(主に痛みの激しい屋根周り)にとどめている。

その後解体されていない「日本最古の※神明造り」であり、国宝に指定

されている。神社には、式年遷宮を記録した棟札が全て保存されていて

南北朝時代の永和2年(1376年)から安政3年(1856年)までの27枚が

重要文化財に指定されている。

※神明造り=お米を納める高倉を起源とし、礎石のない掘っ立て柱

(仁科神明宮は礎石有り)と萱葺き(仁科神明宮は桧皮葺)を特徴とする

古代の建築様式。

仁科神明宮は昔、神社とお寺が並んで建造せれていた。

一の鳥居を入って左手には神宮寺跡地であることを示す標柱が立てられていて、

神は仏が仮の姿を現したものという思想から、仁科神明宮には神仏習合の

影響が強く残され、神社の中に仏像が飾られていた。














仁科神明宮に所蔵されている

御正体(懸仏)は天照大神の

本地仏である大日如来が

ほとんどである。

明治以前、御正体は本殿に

掲げられていたようで、保存

されている16の内5面が重文

に指定されている。

 




中門には板蛙股が組み込まれている。これは仏教様式の建て方で、ここでも神仏習合の思想が確認できる。



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